仔牛が狐に誘われ、林の中のベチュラ公爵の別荘に行き無人だったので、「赤狐はわき玄関の扉のとこでちょっとマットに足をふいてそれからさっさと段をあがって家の中に入りました。仔牛もびくびくしながらその通りしました。」それから二匹は一階の各室を順にみたのち、二階にゆき、黒ブドウをみつけ、狐は甘い汁だけ吸って皮と肉と種は吐き出しました。狐にすすめられ仔牛は種まで噛み砕いて食べます。そこへ公爵と客の伯爵たちが帰ってきたので狐はバルコニーから逃げます。残った仔牛は叱られもせず伯爵の娘から黄色いリボンを結んでもらいます。
この「黒ぶだう」の物語の舞台である別荘のモデルは御田屋町の旧菊池捍(まもる)邸です。洋風ですが元士族の家らしくわき(脇)玄関があります。本玄関は特別な客や行事の時しか使いません。このようなわき玄関をもつ洋館は、他には考えられず、この菊池邸をモデルにしたと推定する根拠となりました。
仔牛が種まで食べたのは、捍氏が当時、北海道の甜菜から甘い液をしぼって砂糖を作る工場の責任者として赴任中で搾りかすは牛の飼料にしていたことを踏まえた話なのです。菊池捍邸は、賢治童話のモデルの建物が元の場所にそのまま現存している珍しい例です。
旧菊池捍邸、正面ほぼ中央に本玄関の屋根が見える。 |
旧菊池捍邸の脇玄関 |
旧菊池捍邸の現在の所有者は盛岡の本間博氏で保全や文化的な利用に深い理解をお持ちです。この建物をめぐっては、「黒ぶだう」関係では島崎藤村との関係の問題があり、また秩父宮や高村光太郎らの訪問など話題が豊富です。