銀河鉄道の夢からさめたジョバンニは、母親のために牛乳を受け取り家へ急ごうとします。「・・・・みちは十文字になってその右手の方の通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川にかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立ってゐました。」という、この大きな橋のモデルは朝日橋で、昭和7年に完成しました。この文章は、賢治が最後に書いた部分に含まれますから、時期的に矛盾しませんし、工事は長くかかっていましたから賢治は工事中にも見ているでしょう。北上川にかかるこの橋はワーレントラス橋と言って、鉄骨でやぐらを組んだみたいな外観を持っています。かけかえ前の朝日橋が、欄干のついた昔ながらの木橋だったので、新橋の鉄骨のやぐらが特に目立ったのです。
「ぼんやり立って」いたという表現に、ジョバンニの心にきざした不安感、悲劇の予感のようなものが感じられますね。橋に近づくにつれて、それは的中し、人だかりがみえ、人々は子供が水に落ちたと話しているのでした。
ワーレントラスなどトラス橋といわれる三角形を組み合わせたやぐらのような橋は、ヨーロッパで生まれ世界中に拡がりました。ジョバンニの街が欧米風なので、賢治はこの橋を物語に入れたのです。
木橋だった瀬川橋と朝日橋 絵はがき |
完成当時の朝日橋 絵はがき |
現在の朝日橋 |
賢治の時代には、朝日橋のすぐ手前に、支流の瀬川を渡る瀬川橋がありました。今は瀬川はもっと上流で合流するようになりました。しかし、瀬川橋は今でも残っており、旧瀬川橋と呼ばれています。