『銀河鉄道の夜』の「燈台看守」の正体は?
『銀河鉄道の夜』 ジョバンニの切符 (引用)
・・・・・・前文略
「いかがですか。こういう苹果はおはじめてでしょう。」
向うの席の燈台看守がいつか黄金と紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝の上にかかえていました。
「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」
青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。
「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」
青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。
「さあ、向うの坊ちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」
ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。
燈台看守はやっと両腕があいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。
「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」
青年はつくづく見ながら云いました。
・・・・・以下略
「燈台看守」は、ヘラクレス座。
ヘラクレス座のりんごに暗喩される花巻が生んだりんご博士「島 善鄰(よしちか )」
解説1:「燈台守」の正体は?
リンゴの枝を持ったヘルクレス座であった
ギリシャ神話の英雄ヘラクレス(ヘルクレスはラテン語 )の12番目の功業(ヘスペリデスの黄金のりんご
)
ヘルクレス座のα星(最も明るい星 )は灯台のような変光星
解説2:「燈台守」のリンゴとはなにか
黄金のリンゴのはずなのに黄金と紅で彩られたリンゴなのはなぜ?
日本人にだけリンゴの説明をし、日本人だけが珍しがるのはなぜ?
天上に対し「地上」とは言わず「パシフヰック」と違ってと言うのはなぜ?
解説3:「燈台守」のもう一つの正体は?
花巻出身のリンゴの神様・島善鄰(よしちか )大学長のこと
夢のリンゴ・ゴールデンデリシャスを日本にもたらした人
無袋栽培のゴールデンデリシャスは「黄金と紅で彩られたリンゴ」
解説4:燈台守と苹果(りんご )
「黄金と紅でうつくしくいろどられた大きな苹果」はヘラクレスの座を取り巻く神話とゴールデンデリシャス。
燈台守はヘラクレス座を象徴、そして花巻で育ったりんご博士「島 善隣」の化身。
銀河鉄道を白鳥座から南に進むと大きなヘラクレス座の横を通りすぎます。このヘラクレスにまつわる12の功業神話に中に、黄金のりんごのなる木を求めて様々な冒険をする物語(ヘスペリデスの黄金のりんご)があり、星座はりんごを左手にもっている図が描かれているものがあります。
賢治は、この黄金のりんごをゴールデンデリシャスに見たて、花巻市が生んだりんご博士「島 善隣(よしちか)」を連想させています。つまり黄金と紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を持つ灯台守は、ヘラクレス座であり、また花巻の「島 善隣」の化身であると考えられます。
【資料】「島 善鄰」
島善鄰は1889(明治22 )年8月27日、広島にて陸軍軍人島時中、きちの五男として生まれた。善鄰8歳のとき父時中が亡くなり、稗貫郡矢沢村高木(現:花巻市 )に移る。そこで幼少時代を過ごし、元盛岡藩士の祖父忠之の薫陶を受けた。
1916(大正5 )年4月、青森県農事試験場技師となった善鄰は、リンゴの減収原因の解明と栽培改善に取り組んだ。苹果(へいか(部の設置、スプレーカレンダー(薬剤散布暦 )の考案、動力噴霧器の導入などの新しい試みを導入するかたわら、自転車で村々を回り、生産農家と積極的に交わった。
善鄰の現場主義は一貫しており、“手帳とナイフとルーペを持ち歩いて、ルーペで病害虫を見る、ナイフでリンゴの味をみる、手帳には生産者の言ったことを書き留めておく。そうすると必ず何かが出てくる。自分勝手はできないと思うが脚で歩いて特に老人の言うことを良く書き留めておきたまえ。”と教え子にも話している。
1923(大正12 )年にはアメリカから「ゴールデンデリシャス」の穂木(ほぎ(を導入、その普及に努めた。この品種からは「ふじ」や「つがる」などの主要品種が生まれている。
写真:島 善鄰と 島 善鄰の碑
1927(昭和2 )年6月、母校北海道帝国大学助教授となり、以後同校で教鞭を取り続け、1950(昭和25 )年10月には北海道大学学長に就任した。この間もリンゴの研究と普及に務めた善鄰は“リンゴの神様”と言われた。