『猫の事務所』
岩手県合同庁舎
猫の事務所は、当時花巻にあった「稗貫郡役所」をモデル舞台とした寓話です。稗貫郡役所のあった場所には現在「岩手県の合同庁舎」が建っています。また、その当時の郡役所の建物は、花巻市大迫交流活性化センターに復元されています。
・・・・ある小さな官衙に関する幻想・・・・『猫の事務所』は、作品に軽便鉄道の駅(鳥谷ケ崎駅)の近くという表現があることから、と当時郡役所をめぐる社会的背景を比喩した賢治らしい謎解構成を楽しむことのできる作品です。
物語の主人公の「窯(かま)猫」は、事務所にいる4匹の書記の末席です。「かま猫」の仲間は、夏に生まれたために寒がりなので、始終かまどの中で暮らすために、その煤で体が汚れて嫌われ、馬鹿にされたています。そして、この「かま猫」書記も、何をしても上席の3匹の猫からに馬鹿にされ、意地悪されているかわいそうな猫です。その上、今まで「かま猫」を何かとかばうような好意を見せていた事務所長の「黒猫」からもうとまれてしまい、泣きくれていると、突然金色の獅子がやってきて、事務所を閉めてしまえと言って終わる物語です。
賢治は、かわいそうな「かま猫」に同情しています。この、物語は行政単位の「郡」が、廃止されても残っていた「郡役所」を実際に閉鎖させたことを背景に描かれた作品です。「猫の事務所」は、具体的な仕事がどんどんなくなるのにも関わらず存在し続けた「郡役所」を、ライオンあだ名された「浜口雄幸」蔵相の決定で廃止したことをエピソードに描かれています。
『猫の事務所』と「稗貫郡役所」
作品『猫の事務所』は、その時代の行政における事象を比喩したものと考えられます。明治11(1878)年に「郡区町村編制法」により行政区画としての郡が存在していましたが、大正10(1921)年原内閣によって郡制廃止に関する法律が制定され、大正12(1923)年4月より郡制廃止と共に業務や財産は府県または町村に移管されました。
しかしなお郡長、郡役所はその地域に存続しており、この郡役所の存在が町村負担となっていました。これを解決するために大正13(1924)年に、全国町村会によって郡役所廃止を決議され、政府はこれを受けて大正15年ごろまでにそれぞれの郡役所を廃止していきます。
『猫の事務所』に関する論文
宮沢賢治の短編「猫の事務所」は、事務所の末席の書記かま猫に対する「いじめ」の問題を取り上げた作品として近年注目されているが、結末では訪れた獅子によって解散を命じられ、廃止となる。本論文はこの作品が実は政治的世界・民俗的世界・賢治の内面世界の三者が重層的に組み込まれたものであることを明らかにするものである。
組み込まれた政治的テーマは郡役所廃止問題で、「猫の事務所」の位置や役割、事務室の人員構成などの描写から稗貫郡役所がモデルであり、1926(大正15)年6月30日に閉鎖になる。「猫の事務所」はこの年の3月に発表されている。郡役所の廃止は既定のことではあったが遅延していたのを、浜口雄幸蔵相の緊縮財政のもと廃止が確定し、浜口が内相の時、廃止される。獅子はライオンとあだ名された浜口なのである。
この物語の民俗的な背景は、竈の煤で黒く汚れた猫をかま猫と呼ぶことと、獅子舞が火伏せの竈祓いに訪れることなどである。獅子はかま猫の守護神のような存在なのである。さらに、同僚に対する態度を自省する賢治自身の心境も反映したものである。
すなわち「猫の事務所」の獅子による解散は郡役所廃止と浜口雄幸の決断とをカリカチュア化したものであり、主人公かま猫と巡回してきた獅子というキャラクターは、竈をめぐる民俗から生み出され、職場の同僚による「いじめ」は賢治自身の職場体験によるものであった。